よくネットやらテレビやらで、カフェや図書館での作業は集中力が上がると聞く。
なにやら住んでいる家、ましてや家族のいない一人暮らしのような静かな空間よりは若干の物音があった方がリラックスして集中でき、家にあるたくさんの誘惑から逃れられるらしい。これを知ってしまうともう家で作業できなくなってしまうという
この説に共感できる人間はメチャメチャいると思うが、私はその限りではない。集中はたしかに出来るのだが家でも結構出来ることに気づいてしまったのだ、、、、
というか家の近くにカフェがなかった。
てか金がなかった。
一人暮らしの学生に
勉強なんぞに使う金などないのだ
一生懸命働いたお金は「頑張って稼いだ自分」を労うためにアルコールへと姿を変え、少しのやすらぎを与え消えていく。わかってる、わかってるけどお金は非情にもアルコール化をやめなかった
そんな私がこの前、いやかなり前、満を持してカフェに足を運んだ。
何か特別な理由はいらなかった。家の電気が止まっている。スマホを充電できない、その理由さえあれば足取りは軽かった
向かったのはサンマルクカフェ
朝なだけあって混んでいる。全然知らないんだけど朝のカフェっていつも混んでるの?モーニングコーヒー的なアレ?オシャレすぎてわかんねえ
結構混んでたけどスマホの充電さえできればなんでも良かった
窓際のカウンターにしかコンセントがなかったためカウンターに着席した。隣には若めのOLが2人並んで、なにやら男について話していた。俗に言う、「女子トーク」なるものである
ここで皆様に問いかけたいのが、
「女子トーク」が如何なるものかご存知かという質問だ
女性の皆様にとっては愚問だが
私、また男性にとってその本質を見極めるのは普通に生活していたらまあ無理だ
女子トークをちゃんと聞いたのが、いや、女子トークが如何なるものかを理解したのがこの時、このカフェでの朝が初めてだったことを私は思い知らされることになる。
結構やらなきゃいけないこともあったし
盗み聞きするつもりもなかったが、気づいたら私の手は止まり、耳にだけ集中していた
どうやら大学時代のサークルの先輩がカッコいいとかそういう話だった
さっきまで昨日雨だったから洗濯物が乾かないって話をしていたのに、男の話を片方が話し始めた途端、相手の目の色は変わり、試合開始の合図でもあったのかと言うほどベラベラと、それもこの上ないほど勢いよくトークを始めた。
「女子トーク」は男の話なくして始まらないのだ
一方が畳み掛けるように男の性格、ルックス、元カノの情報から住んでる場所など持てる情報全てをこれでもかと叩き出しながら「この性格めっちゃよくない!?」「この前めっちゃ近くてやばかった」などと話し出すと、
もう一方は一歩も引けを取らず、全ての情報に余すことなく触れ、「え〜わかるわかるめっちゃわかる!!」と言いながら次に相手が「めっちゃわかる」であろうトークを繰り出すのだ。
因みにカッコいい先輩の「元カノ」や「彼女」の話となると、9割悪口になる。「そんな可愛くない」なんかでは終わらず、「家の枕黄ばんでそう」「家の歯ブラシ傷みすぎてカリフラワーみたいになってそう」「走り方キモそう」などと、最終的に「臭そう」に至るまで悪口は止まらない。
「この前めっちゃ近くてやばかったの!もうほんとに緊張で脇汗とまんなくて!!」
「え!わかるわかるめっちゃわかる!でもそう言う時男の人の汗の匂いさーちょっと!ちょっとだよ?ドキドキしない?」
「えええええ!!わかるわかるわかりすぎィ」
もうもはやわかってなくてもいい
なんなら「男の人の汗の匂いにドキドキする」はかなり人によるし、多分わからない人のが多い
それでも、「ちょっと!ちょっとだよ?」と付け加えることによって別にそうじゃなくても「めっちゃわかる」を誘発しているのだ。
トークだけが繰り出され続けていた。無限に。
どこにそんなに話のストックがあるのか、引き出しの豊富さが常人のそれではない。引き出しと表現していいのかさえ怪しい、引き出しでは小さすぎる、アレはコンテナだ。コンテナから湧き出てくるトークのストックとトリッキーな言い回し、そして「わかる」
もうそれは手数勝負の世界だった。どれだけコンテナから出せるか、そして出された数だけ出し返せるか、、、
スパーリング
スパーリングだ
気づけばカフェはボクシングリングへと姿を変えていた
無慈悲に繰り出されるトークパンチを、全て受け入れつつも反撃をやめない、そういうスパーリングだ
これは常人の為せる業ではない
このボクシングリングに自分がスマホを充電しながら存在しているのが恥ずかしい
この時の私は、言うなれば忍者アカデミーでいう忍術が使えなくて体術のみで生きていく忍
尸魂界でいう卍解に至っていない死神に等しかった。
恐ろしい、底知れない
そんな”パンチの雨“の中で聞き捨てならない言葉が聞こえてきた
「男って猫かぶってれば大体落ちるよねえほんとに〜」
なんだと、、、、?
好きに話すのはいい、だが「男って」と一括りに話されると、私も、そうじゃない男もその括りにはいっちゃってるじゃねえか
猫かぶってる女性なんてこちとら普通にわかるんじゃ!そんな単純じゃねえ!「一部の男性は」に変えろ!と男性を代表して心の中で思った
「えーそうかなあ、猫かぶってる女の子嫌いな人結構友達にいるよ」
そうだ。もっと言ってやれ
そういう奴にはなんもわかってねえとか強く言っていいぞ
「でもでも、そう言う男に限ってメッチャ単純なんだよね〜」
なんだと、、、、、、?
「猫かぶってる女に落ちる」は布石
安い根も葉もない主張をする事であえて反対意見を引き出し、本当に言いたい「猫かぶってる女嫌いな奴、単純」を流れるように、ごく自然にコンテナの奥底から引きずり出した、、、
策士、、
コイツは、、、、
策士だ、、、
、、、、、諸葛孔明
コイツはあの「赤壁の闘い」で見事な策を講じ、連合軍を勝利に導いた蜀の天才軍師、諸葛孔明だ、、
紛れも無い。あの諸葛孔明がサンマルクカフェのカウンターにいる
焦る気持ちを抑えながら相手がなんて返答するのか耳を傾けていた。
流石にあの諸葛孔明の意見を、たかがOLが理解できるはずがない。
「でもでも、そう言う男に限ってメッチャ単純なんだよね〜」
「え!メッチャわかるんだけどォ!!!」
そんな、そんなはずはない
あの天才軍師の策に見事出し抜かれておいて、
さらにそれが「わかる」だと、、、、?
李牧、、、
李牧だ、、、
周りから見ればどう見ても諸葛孔明とOLにしか見えないが、私にはハッキリと見えた。
諸葛孔明と会話をしていたのは、紛れも無い、
あの趙の三大天、武と知の両方を兼ね備えた天才軍師、李牧だった
あの諸葛孔明に出し抜かれたと見せかけて
策を理解することができる人間は李牧を除いて他にいない。間違いない。李牧だ。
恐ろしい
底知れぬ恐ろしさ
諸葛孔明と李牧が時代を超えてサンマルクでスパーリングしていた
気づけば私は帰る準備をしていた
無意識に「ここにいてはいけない」と感じ体が考える前に動いていた
それ以来、サンマルクカフェに行っていない
わかったつもりでいた私は今でも「女子トーク」を理解出来ずにいる
磯島