お尻を出した子、一等賞

 

に含みがありすぎてて、スッキリしません。

苦しんでいます。

 

 

正直、さっさとスマホでググってしまいたいのですが、何も考えずただ発展し続ける文明に脳死で身を預ける様子が、なんだか現代っ子みたいで悔しいので必死に考えを巡らせてます。優に20分以上が経過しようとしている。明らかに睡眠に支障をきたしています。

 

 

 

 

ワタクシはと言いますと、アメブロ、前略、mixiが中学から高校にかけての世代であり、ガラケー使ったことないZ世代に対して必死にマウント取ってるアラサーなのです。そう、貴方の周りにもいる、ソイツです。

 

 

TikTok だってやってないし、ここだけの話YouTuberにも非常に疎い。サンゴをダメにするウニをひたすらブッ殺す動画しかちゃんと見たことがない。

これに関してはいい加減どうにかしなければならないと思ってます。

 

昔、PHSボーダフォンでマウント取られて散々ウザがってたくせに、今おんなじようなことしてる自分が恥ずかしいです。すいません二度としません。PHS世代の人は黒電話マウント取られてたのかな?知らんけど。

 

「とりあえずウィルコムで2台持ちして、電池パックの裏にプリクラ貼っておけばカースト上位に君臨でき、大体の女子と友達になれた。」

「Sinceやluvをメアドに使って「付き合った」「別れた」がバレる」

みたいな懐かしい話、楽しいよね。同世代だけで今度話しましょ、、、

 

 

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スッゴイ脱線しました。

 

 

何かはわからないが耳にすごく残っているあのメロディ。「熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子、一等賞」

 

 

は?、、、何が?ちょ、、、、なんなん?

 

 

 

恐ろしいほどに日本語の文法が崩壊しており、意図もまるで掴めない。こんなの、日本人でも理解不能。日本語勉強してる人なら「ナニイッテンダコノファッキンジャップ」となるに違いない。

 

 

 

 

なんの前触れもなく登場した「熊の子」と、息つく暇もなくケツを出す「子」。文脈を読み取らせるとか、登場人物の情操を感じるとかフル無視した、身の毛もよだつ一方通行。何かを伝えようとする気が全く感じられない単語の羅列により、今のところ「おそらく日本語」と言う情報しか入ってこない。

 

そもそも、口語でもないのに脱落が激しすぎる。

「が」が抜けまくってる。入れろよ。

 

 

 

 

 

 

 

全体的にどういう事なんですか、??

 

 

 

 

読めば読むほど、いろんな解釈ができる。そこで今回は何を伝えたいのか、どんな含みがあるのか、考えるほど出てきた中で可能性の高そうなものをいくつか発表したいと思います。

 

 

 

 

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まず、この不気味な歌の全貌は私の知っている限りで、

「熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子、一等賞、夕焼け小焼けでまた明日。また明日。いいないいな、人間っていいな、美味しいご飯に(なんとかお風呂)、あったかい布団で眠るんだろな、僕も帰ろお家へ帰ろ、デンデンでんぐり返しでバイバイバイ」

(括弧部分はうろ覚えです。詳しい方、ご指摘ください。)

 

「人間っていいな」という発言から、主語はバケモノ若しくは人外の何かだと推測できる。

ここでいうと、「熊の子」がそれに当たる。

 

 

 

 

 

全体を俯瞰すると、一文一文で意味の通じるものはあるものの、「急なでんぐり返し」や「かくれんぼ」など、文としての繋がりを見出せないものも多い。そして何よりも、「お尻を出した子、一等賞」だけ異様に浮いてる。そういう意味で、何かの比喩表現として捉えるか、ことわざ的な含みを持つものだと解釈する方が妥当性が高い。

 

 

 

 

 

 

「お尻を出した子、一等賞」の含みとして現段階で1番可能性があるなと考えている解釈は、

 

「いつもかくれんぼにおいて、一等賞を取る高いハイドスキルを持ち合わせたやつが、今日はお尻を出してしまっていた。」転じて、あらゆる分野の達人でも、時には失敗してしまうこともある。

 

これは、「河童の河流れ」や「猿も木から落ちる」と同一ラインの解釈と言える。

なんか、これ系のことわざ、多くない?弘法も筆の誤り、釈迦にも経の読み違いとかもそうじゃない?

 

プロや達人がミスる様子にキャッキャと喜んで

何回も同じことわざ作った我々の先祖、陰湿すぎないすか??

 

 

ちょっと重複が過ぎるか、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

「熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子、一等賞」

 

次に可能性があると思う解釈は、

「かくれんぼという隠密性の高い競技において、肌の露出は目立つので命取りになるが、お尻を出したやつが逆に自然に溶け込み一位になった。一般常識で保身に走るより、思い切りをつけて行動した方が、物事というのは案外安定的に進むものだ。転じて、様々な技術革新が蔓延り、既存事業の拡大に傾倒し変革を受け入れられなかった企業が破壊的イノベーションの波に呑まれて行く様」

 

 

 

 

 

こちらは、クマちゃんを使って表現せんとする事象としてはややダイナミック過ぎるきらいがある。しかしながら、後ろに続く技術革新による生活環境の変容の記述にスムーズに繋がるため、少しばかり強引ですが文脈的にアリだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして深い考察の末に先程到達した1つの仮説、それは、別に「転じない」というものです

 

つまりこれは、なにも ”転じて” 比喩的にある事柄を巧みに説明する訓戒の類ではなく、ただ単に一匹の熊がかくれんぼを観察していたところ、シンプルに、お尻を出した子が優勝しました という特定の事象の発表以外の何物でもない、という恐ろしい仮説です。原点に還る。

 

すなわちこの意味は、と聞かれれば無論文字通り「四足歩行の毛深い生き物が、かくれんぼを見ていたところ、最終的にお尻を出した者が勝っていた。」というだけ

 

 

 

、、、、、、、、

 

 

 

 

 

 

まあまあ可能性があるかなと思うのは、

 

「熊の子見ていたかくれんぼ、お尻を出した子、一等賞」の漢字にフォーカスした仮説である。

「子」に対する解釈のアプローチが異なっていたことによって思考が行き詰まり、本来の意図を読み取れないのではないか?というコペルニクス的転回による逆転思考である。

 

本来の漢字は「クマの娘見ていたかくれんぼ♡、お尻を出した娘、一等賞♡」で、動物っ娘メイドカフェにて催された萌え萌えかくれんぼ♡において、ある娘が御法度とされる「お尻だし」で客を魅了し、その日の個人売り上げ1位を達成した。転じて、物事というのは時にやってはいけないと分かっていても、危ない橋を渡らなければならない時もある。

 

 

 

こちらは、、、、、まあ、状況によってはあり得るだろうな。という見解です。

 

萌え萌えかくれんぼ♡についての詳細を考えていたところで、一旦我に返ったのでもう寝ます。

 

 

失礼しました。

 

 

 

 

 

 

磯島